《麻布の文化・教育施設紹介シリーズ》
六本木高校紹介編その②
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第一回は「エステティック基礎」というユニークな講座を採り上げましたが、「チャレンジスクール」の特長を良く現わしている例は、他にも見られます。
今回ご紹介するのは、茶道・華道と並んで日本を代表する伝統芸道「香道」です。
六本木高校においては、自由選択科目として本年度から東京都の認可が下りましたが、これは都内はもちろん、全国的にも極めて稀なことです。(大学でも、学習院女子大学の「伝統文化実習」〈普通科目〉が知られている程度。)まさに、画期的な「チャレンジ」と言えます。
実現の手伝いをし、授業をサポートするのは香木・香道具専門店「麻布 香雅堂」で、講師には「志野流香道第二十世家元後嗣(若宗匠)」蜂谷宗芯氏が招請を受け、多忙なスケジュールにもかかわらず、自ら担当されています。
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| 香りの芸術「香道」とは? |
世界的な名作の長編小説『源氏物語』には、平安時代の王朝貴族が「薫物(たきもの)」と呼ばれるお香を各自が工夫して作り、その薫りの優劣を競い合う様子が描かれています。薫物は数種類の香料をブレンドして作られ、その主要な原料は、香木でした。
伽羅・沈香をはじめとする香木は、仏前に供えるお香の原料として奈良時代に伝来して以降、稀少な天然香料として大切に扱われて 来ました。香木とは、東南アジアの深山から稀に発見・採集される貴重品で、特殊な樹木の一部が特定の条件下において樹脂化し、数十年から数百年の間熟成されたものです。
室町時代に入ると、ブレンドした薫物の薫りに代わって、香木そのものの香気を深く味わうことが好まれるようになりました。世の中の実権が公家から武家に移り、戦乱が日常化するにつれて、美意識を象徴する自己主張の道具としての薫りから、深い精神性の拠り所としての香気が賞玩されたと言えます。
慈照寺(通称、銀閣寺)を中心として、後に「東山文化」と呼ばれる流れを作り出した将軍足利義政によって、茶・華・連歌・能などが「道」として形作られました。「香道」も、その頃に成立したと考えられます。
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| まず、気楽に始めよう! |
「香道」は、わずか3~5ミリ角、厚さ0.5ミリほどに小さく切った香木のかけらを香炉で間接的に加熱し、そこから発せられるほのかな香気をゆったりと鑑賞することから始まります。
化学合成品ではない、本当の「自然の香り」を楽しむことが第一歩ですから、難しいことは何もありません。本年度の受講生を代表して、宝珠光寿教諭から感想文を寄せて戴きましたので、全文を掲載します。
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| 『”無の時間“の豊かさを知る』 |
今年度、4月から始まった香道の授業を担当しました。事前の知識もほとんどなく、テレビ番組で紹介される、香木の高価さだけしか知りませんでした。7名の受講生とほとんど同じ状態でのスタートで、毎回謙虚な気持ちで臨みました。毎回、異なった組香(簡単にいうと、香木の香りを当てるゲーム)を体験しました。
『現代の生活では、嗅覚の大切さが忘れられている』と講師の蜂谷先生が仰っていました。確かに、視覚情報にまみれている生活の中で、鼻のポジションは低くなっています。でも、本当は鼻(嗅覚)はとても大切で、豊かな情報を与えてくれます。
授業中、黙って集中して香木を嗅いでいると、無の時間が来る気がしました。耳障りな騒音と、眼に痛い溢れんばかりの情報が当たり前の生活で、何も無い時間の豊かさを感じる時間でした。ある生徒は、鼻が利くようになったと言っていました。鼻が利くことが、生活に直接、役立つのかは判りません。が、すぐに役に立つことだけが大切ではないと強く思うきっかけになる時間でした。
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香道では、香炉に入れた灰に、熱源となる炭団(たどん)を埋めて、その熱で間接的に香木を加熱します。神秘の香りを上手に味わうために、香炉の灰を調える練習に熱中。 |
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調えた灰の上に「銀葉」と呼ばれる雲母の板を乗せ、その上に小さな香木のかけらを乗せ、立ち昇る香気を深く味わいます。姿勢も、なかなか様になって来ました。 |
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若宗匠の代役を務める代理講師(山田那央=株式会社 香雅堂 専務取締役) |