| Q |
『十番わがふるさと』を拝読しましたが、素晴らしい資料ですね。著者である稲垣さんは、どのような方だったのでしょう? |
| A |
公式なプロフィールは残されていませんから、詳細については先輩方に伺うしかないと思います。私が知っているのは、昭和初期に創業したと思われる「稲垣油店」のご主人であり、確か昭和40年(1965年)頃まで営業されていたということくらいです。 |
| Q |
後ほど詳しく伺って行きたいと思いますが、稲垣さんは商店街の復興にも、相当な熱意で取り組んでおられたようですね。 |
| A |
現在の商店街振興組合の骨格を作り上げた最大の功労者であり、精神的な支柱であった先輩としては、松浦徳市さん(白水堂)のお名前を挙げるのが妥当だと思いますが、稲垣さんは、松浦さんや初代理事長となった木村政吉さん達と共に、組合の立ち上げに献身的な努力を捧げられたと伺っています。 |
| Q |
さて、新年早々、衝撃的な写真を公開することになります。 |
| A |
久し振りに拝見しますが、確かに、凄い写真が残ってましたね。『撮影者は木島博男氏(現在麻布十番一の五在住)。』とあります。 |
| Q |
タイトルは『焼土無惨!』とあり、説明文として『国破れて焼土あり。まことに痛ましい光景である。昭和二十年四月十五日午後十時頃B29の大空襲を受け一面焼トタンの原と化した。これは当時の新網町一丁目辺より撮影した貴重な写真です。』と書かれています。その後も空襲は続き、5月25日には、残っていた善福寺山門や山元町あたりも焼失したようです。この写真をご覧になって、どのような感想を持たれますか? |
| A |
最も強く感じることは、現在の商店街が、まさにこの何も無い、誰も居ない焼け野原から再スタートしたんだという感銘です。 |
| Q |
何が復興の原動力となったとお考えですか? |
| A |
個々のお店の意欲というものも勿論ですが、一番重要だと思うのは、「商店街で一丸となって取り組むのが最良である」と判断した先見の明が、先輩諸氏にあったことだと考えています。 |
| Q |
では、その点を意識しつつ、復興当初の様子を振り返って行きたいと思います。 |