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麻布十番について
DISCOVER JUBAN 麻布十番再発見!④
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 榎本健一さん、音丸さんとちょっと古い話題が続き、ローリエさんってすごくお歳?と思われそうなので今月は少し若々しくセーラームーンと麻布十番について。ついこの間のように新しい話題と思ったのですが、セーラームーンの母体となった「コードネームはセーラーV」が雑誌「るんるん」に掲載されたのは1991年7月、雑誌「なかよし」に「美少女戦士セーラームーン」の連載がスタートしたのが1991年12月ですから、もう17年も経っているんですね。そうするとあの頃、十番中学2年生14才だった月野うさぎことセーラームーンは、今31歳のおばさん?これじゃ夢がなくなりますね。
 登場人物の月野うさぎ(セーラームーン)、水野亜美(セーラーマーキュリー)、木野まこと(セーラージュピター)の三人は十番中学2年生14歳、愛野美奈子(セーラーヴィーナス)は芝公園中学、ちびうさ(セーラーちびムーン)は麻布十番小学校、火野レイ(セーラーマーズ)はT.A女学院、そして地場衛(タキシード仮面)は私立元麻布高校となっていますね。十番中学校は当時の城南中学校(現六本木中学校)、麻布十番小学校は南山小学校、T.A女学校は東洋英和、元麻布高校は麻布高校がそれぞれモデルでしょうか。今地下鉄の4番出口のところにあった十番商店街の広告塔もそのまま絵になっていました。マクドナルドになったパチンコ・クラウンはゲームセンター・クラウン、一の橋公園、網代公園、仙台坂上バス停等々麻布十番周辺の風景がアレンジされて登場しました。そして火野レイが巫女をしていた火川神社の拝殿は元麻布の氷川神社の拝殿そのもののようでした。
 どうしてこんなに麻布十番がセーラームーンに登場したのでしょうか。原作者の武内直子さんは芝公園にあった共立薬科大学(現慶應義塾大学薬学部)の学生時代、また大学卒業後半年間慈恵医大病院に勤務していた頃、麻布十番付近に居住していたからと言われています。特にセーラームーンを描き始めた1991年から1992年にかけて十番商店街の永井薬局さんのマンションに住んでいました。商店街の集まりで永井薬局の山地さんに「今売り出し中の漫画家です」と紹介され、恥ずかしそうに挨拶されていた武内直子さんを覚えています。元麻布の氷川神社は知る人ぞ知るセーラームーンの「聖地」として多くのファンが今でも参拝に訪れるそうです。
 その氷川神社は天慶五年(942年)の勧請、一本松の松木をご神木とし、旧町名に宮村町、宮代町、宮下町、鳥居坂町等といった社に関連した地名を見るように麻布の総鎮守として、また江戸氷川七社の一社として崇敬されてきました。戦災に遭遇しましたが千貫宮神輿、神楽殿、手水舎は難をのがれ、また本殿も再建され、幾つもの大使館に囲まれた国際色豊かなお屋敷町のお社として広く人々に崇敬されています。神社におまつりしてある毘沙門天(港七福神)はめずらしく、勇気と財福寿を授け与える神さまとして信仰され、秋祭りには神楽殿でお神楽も行われます。もしかして宮司が夢だった巫女の火野レイ(セーラーマーズ)に遇えるかもしれませんね。
(寄稿:ローリエヤマモト 山本 仁壽)
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