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十番ばなし

麻布十番の店主が語る 十番ばなし #033 「理容エンドウ」 遠藤幸雄さん

麻布十番2丁目に建つ理容エンドウは、戦前からこの地で営業を続ける老舗の理容店です。2代目店主の遠藤幸雄さんは筋金入りの映画ファンで、古い映画のポスターをコレクションしていることでも知られています。かつて十番に映画館があった時代の記憶から、変わりゆく街の変わらないスピリットまで、じっくりとお聞きしました。

 

 

 

 

 

―遠藤さんは、生まれも育ちも、麻布十番2丁目だそうですね。

 

今の番地としてはそうですね。昔はこの店から100メートルほど先に家がありまして、そこで昭和12年に生まれました。戦時中は疎開して一時期ここを離れますが、戦後2、3年して、また麻布十番に戻ってきたんです。

 

―理容エンドウさんは、「古き良き街の床屋さん」という雰囲気ですが、創業して何年になるんですか?

 

戦前に父が開業した頃から数えると80余年になりますか。終戦直後にはバラックみたいな建物だったのを昭和34年に2階建てに建て替えて再スタートしました。

 

―ということは、そこから数えると今年でちょうど60年ですね。

 

ああ、そうなりますね。今気がつきました(笑)。父がいる頃から私も店に出ていましたが、昭和42年に父が亡くなって、長男の私が正式に跡を継ぐことになります。

 

―昭和30年代から40年代というと、戦後の復興が一段落して日本が高度成長に向かって邁進する時代です。理容店もかなりにぎやかだったのでしょうね。

 

当時はお客様用の椅子が6台あって、店の人間も父と私を入れて7人程度いました。今と違って、男性は半月に1度位は散髪をするのが常識だったんですよ。刈った跡がいつもきれいに残っているのが正しい身だしなみという、そんな時代ですから、店もずいぶん忙しかったですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ところで、遠藤さんは長年にわたる映画ファンということですが、小さな頃からお好きだったんですか?

 

小学生の頃は父や店の従業員に連れられて浅草や銀座あたりで観ていました。当時、娯楽といえば映画しかありませんから、とにかくスクリーンで何かが動いているだけで面白いという感じでしたね。私が中学3年生の時、麻布十番に映画館が誕生して、そこから熱心に観るようになります。

 

―今となっては信じがたいですが、麻布十番にはかつて映画館が4館もあったそうですね。

 

昭和26年に麻布中央劇場と麻布映画劇場が開館して、その翌年には戦前からあって一時閉館していた麻布日活が復活、昭和30年に麻布名画座ができて計4館になります。すべて今の番地でいう麻布十番2丁目にあったんです。映画館の人がうちの店に髪を切りに来ることもあって、店内にポスターを貼らせてほしいと頼まれるようになりました。ポスターを貼る代わりに劇場の招待券をくれるので、それを使って片っ端から映画を観るようになったんです。当初、麻布中央劇場は封切館だったんですが、すぐに2本立てに切り替わります。他の劇場は最初から2本立てで、各劇場の上映作品は毎週替わっていくため、それを観ていくとアッという間に年間100本以上は鑑賞することになるわけです。

 

―当時、麻布十番で観た映画で印象に残っている作品は?

 

今でも名作といわれていますが、昭和20年代だと『第三の男』や『ローマの休日』、昭和30年代だと『5つの銅貨』や『ハタリ!』あたりがやはり面白かったし、印象的でしたね。

 

―毎週上映作品が入れ替わるということは、店に貼ったポスターも毎週貼り替えられるわけですよね。遠藤さんは古い映画のポスターを集めていることでも知られていますが、店先に貼られたポスターを捨てずに取っておこうと思ったのは、やはり愛着があったからですか?

 

毎週、貼り替えられるから、すぐに溜まってしまって、放っておくと父がどんどん捨てちゃうんですよ(笑)。だから、自分が観て良かった映画やデザインとして面白いポスターを取っておくようにしたんです。当時は価値があるものだとは思っていなかったんですが、自分が好きなもの、気に入ったものは残しておきたかったんです。

 

―遠藤さんは、麻布十番商店街の広報紙『十番だより』の中で、麻布十番に映画館があった時代と当時の映画を振り返る「十番シネマパラダイス」という連載記事も書かれていています(平成14~17年)。それを『麻布十番を湧かせた映画たち シロウトによるシロウトの為のシロウト映画談議』という1冊の本にもまとめられていますが、この中にも遠藤さんが集めてきたポスターが多数掲載されていて、眺めているだけでも当時の雰囲気が伝わってきますね。

 

ポスターを載せたことで著作権使用料が膨大にかかるので、本を非売品にせざるを得なかったんですけどね(笑)。昭和26年に十番に誕生した映画館は、昭和40年にはすべて閉館してしまいました。日本の映画動員数のピークは昭和34年で、それ以降は下降線を辿ります。まさに十番に映画館があった時代は、日本の映画黄金期とも合致します。その頃のことを知る人も少なくなった今、なんとかまとまった形にして当時の十番と映画館の記憶を残しておきたかったんです。

 

―たいへん貴重な歴史的資料と証言だと思います。下世話な話ですが、これらのポスターは今となってはかなりの値段が付くのでは?

 

実はまだたくさんあるはずなのですが、現時点で見つかったのが72枚。数年前、テレビの『開運!なんでも鑑定団』に出演した時、「1枚1万円として72万円くらいかな」と思っていたら、合計で300万円という評価額になって驚きました。

 

―それはすごいですね! 遠藤さんは現在82歳ですが、今でも映画はよくご覧になるんですか?

 

相変わらず年間100本は観ていますねえ。六本木ヒルズにも行きますし、他の街の映画館にも行きます。シネコンの上映時間をうまく組み合わせて1日に数本連続で観ることもありますよ(笑)。今週観たのは『X-MEN:ダーク・フェニックス』と『ファブル』です。

 

―映画愛いまだ衰えず、といったところですね。ところで、理容エンドウさんのような理容店は、これからどう変化していくのでしょうか。

 

今は美容室も増えましたし、1000円カットのような店も登場しています。ただ、うちのように古くからある理容店の技術は昨日今日のものではありません。特に刈り込みは、いかにきれいなグラデーションでぼかすのかが大切で、これは長年積み重ねた技術がなければできないんです。シェービング、いわゆる顔そりの技術も同様ですね。これからは、理容店が美容院化していくのか、あくまでも理容店としての立ち位置を守るのか、あるいは両方をうまく取り入れていくのか、選択を迫られると思いますが、うちの場合は理容店として積み重ねた技でやっていきたい。そう思っています。

 

―ちなみに、麻布十番の街は昔と比較して随分変わりましたか? 

 

昔も今も庶民的な街であることは確かですが、最近は外からさまざまな人が入ってきたり、元々いた人がいなくなったりして、変わりつつあります。ただ、表面的には様変わりしているように見えても、「十番らしさ」というものは決して失われていないと思います。麻布十番商店街振興組合の人たちも各々それを大切にしていますし、次の世代にもぜひ大切にしていってもらいたいですね。

 

 

 

 

理容エンドウ

麻布十番2丁目で創業80余年を数える老舗理容店。店主の遠藤幸雄さんは2代目。現在は主に奥さん、息子さんの2人で店を切り盛りしている。長年積み重ねたカットの技術に定評があるのはもちろん、理容店ならではのシェービングは、男性客のみならず「すべすべの肌になり化粧ノリが良くなる」と女性客からも人気が高い。電話での予約も受け付けている。

 

住所: 港区麻布十番2-13-10

電話: 03-3451-5365

営業: 9:00~18:30

定休日:月曜日、第2、3月曜日の翌日(火曜日)

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